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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)143号 判決 1995年12月13日

大阪府大阪市西区江戸堀1丁目9番1号

原告

帝人製機株式会社

代表者代表取締役

近藤髙男

訴訟代理人弁護士

野上邦五郎

杉本進介

同弁理士

荒木昭生

東京都港区北青山一丁目2番3号

被告

新キャタピラー三菱株式会社

代表者代表取締役

佐久間甫

訴訟代理人弁護士

吉原省三

同弁理士

中澤直樹

坂間曉

訴訟復代理人弁護士

小松勉

三輪拓也

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成2年審判第16511号事件について、平成5年7月14日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「クローラ式車両の走行装置」とする特許第1562213号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。

本件発明は、昭和50年12月18日にされた実願昭50-171224号を原出願とする分割出願として、昭和53年9月20日に出願された実願昭53-129350号がその後特許出願に変更され(特願昭60-99384号)、この特許出願からの再分割出願である特願昭60-121511号から、昭和60年7月3日、さらに分割出願された出願(特願昭60-147319号)に係るものであり、昭和63年11月10日に特許出願公告され(特公昭63-57244号)、平成2年6月12日に設定の登録がされた。

被告は、平成2年9月6日、本件特許につき無効審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成2年審判16511号事件として審理したうえ、平成5年7月14日、本件特許を無効とする旨の審決をし、その謄本は、同年8月4日、原告に送達された。

2  本件発明の要旨

外方から内方に貫通する貫通孔が形成された耳金状部を有する走行フレームと、ケーシング内に挿入されたアキシャルピストン型の液圧モータおよび減速機構を介して液圧モータにより駆動されクローラシューに係合する回転輪を有し、ケーシングを貫通孔に挿入してクローラシュー幅内に位置するよう走行フレームに取付けられた液圧駆動機構と、を備え、前記液圧モータのケーシングが耳金状部に連結された連結部および前記連結部から外方に向って延在する外方ケーシング部を有し、前記回転輪が外周に歯が形成されたスプロケット歯部と、スプロケット歯部から外方に向って延在する外方円筒部と、を有し、前記回転輪のスプロケット歯部がクローラシュー幅のほぼ中央に位置するよう回転輪が軸受を介して外方ケーシング部に回転自在に支持され、かつ回転輪の外方円筒部が前記減速機構の出力端に連結されたことを特徴とするクローラ式車輌の走行装置。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写記載のとおり、特開昭49-108470号公報(以下「引用例1」といい、そこに記載されている発明を「引用例発明1」という。)及び特公昭48-42136号公報(以下「引用例2」といい、そこに記載されている発明を「引用例発明2」という。)を引用し、本件発明は、引用例発明1及び2に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、本件特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであって、特許法123条1項1号の規定に該当し、これを無効とすべきものとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由のうち、各引用例の記載内容の認定は、引用例1について、トラックフレームの耳金状部に外方から内方に貫通する貫通孔が形成されたとする点(審決書4頁6~7行)、油圧モータを貫通孔に挿入しているとする点(同4頁9~10行)、前記ハウジングが耳金状部に連結された連結部及び前記連結部から外方に向かって延在する外方ハウジング部を有しているとする点(同4頁12~14行)、駆動輪が軸受を介して外方ハウジング部に回転自在に支持されているとする点(同4頁18~19行)は否認し、その余は認め、引用例2については、ハウジング内に挿入された軸方向ピストン型の油圧モータを有するとする点(同5頁6~7行)は否認し、その余は認める。

本件発明と引用例発明1との対比につき、本件発明の「ケーシング」が引用例発明1の「ハウジング」に相当するとする点(同5頁13~17行)、両者は、外方から内方に貫通する貫通孔が形成された耳金状部を有する走行フレームを有し(同6頁4~5行)、前記ケーシングが耳金状部に連結された連結部及び前記連結部から外方に向かって延在する外方ケーシング部を有する点(同6頁9~12行)で一致することは否認し、その余は認める。相違点1及び2については否認する。

相違点についての判断のうち、クローラ式車輌の液圧駆動装置にアキシャルピストン型の液圧モータを用いることは、この出願前周知の技術であることは認め、その余は争う。

1  取消事由1(相違点1の誤認及び判断の誤り-その1)

審決は、引用例発明1の液圧モータの種類は不明であるとし(審決書7頁3~4行)、これを前提に、引用例発明1の「液圧モータ」を「アキシャルピストン型の液圧モータ」に置き換えることは、単なる周知技術の置き換えである(同7頁13~16行)と判断しているが、いずれも誤りである。

(1)  引用例発明1の液圧モータは半径が大きい短い型の液圧モータ、より具体的にはラジアルピストン型モータである。このことは、引用例発明1を図示する引用例第3図の油圧モータ4を、従来装置を図示する同第2図の細長い油圧モータに置き換えると、そもそも駆動機構自体が履帯6の幅内に収まらなくなってしまい、引用例発明1の目的自体を達成できないこと、引用例1の特許出願について、出願公開後、実用新案への変更出願がなされ、その際、出願人はこの油圧モータを「ラジアルボールピストン式油圧モータ」と補正し、特許庁もこの補正を認めている(甲第7号証)ことからも明らかである。

(2)  そして、引用例発明1は、従来装置では細長い型の液圧モータが用いられていたことにより、駆動装置自体がクローラシュー幅内に収まらないという欠点を解消するために、太くて短い型の液圧モータを用いて、駆動装置をクローラシュー幅内に収めようとしたものであり、細長い型のアキシャルピストン型モータを用いることは、引用例発明1の目的とする駆動装置をクローラシュー幅内に収めるという効果を喪失させてしまうものであるから、審決の上記判断が誤りであることは明らかである。

2  取消事由2(相違点1の誤認及び判断の誤り-その2)

審決は、本件発明の「ケーシング」が引用例発明1の「ハウジング」に相当する(審決書5頁13~17行)とし、これを前提に、引用例発明1に引用例発明2の「ハウジング・・・内に軸方向(アキシャルと同義語である。)ピストン型の液圧モータを挿入した」点を適用することは、当業者に格別困難なことではないと判断した(同8頁1~7行)が、いずれも誤りである。

引用例発明1の液圧モータが挿入されていないハウジングは本件発明の液圧モータが深く挿入されているケーシングとは、その作用効果も異なり、両者は全く異なりこれを同一視することはできない。

そして、引用例発明1のクローラ式車輌と引用例発明2のタイヤ式車輌とでは、同じ車輌といってもその走行方式や走行仕様を異にし、その走行装置を異にするものであるうえ、引用例発明2においては、タイヤ幅内に駆動装置を収めるために、ハウジング内に軸方向(アキシャル)ピストン型液圧モータを挿入したものではなく、タイヤの半径を小さくするために細長いアキシャルピストン型液圧モータを用いたわけでもない。引用例2には、軸方向ピストン型液圧モータをハウジングに挿入する理由は何ら記載されていない。引用例発明2の課題である油圧駆動系統の制御と本件発明の課題とは全く関連性のないものであるから、引用例発明1に引用例発明2を結び付けて、本件発明の課題を解決する手段として用いることは、当業者が考えもしないことである。

したがって、審決の上記判断は誤りである。

3  取消事由3(相違点2についての判断の誤り)

審決は、相違点2として、本件発明では、「ケーシングを貫通孔に挿入した」のに対して、引用例発明1では、液圧モータを貫通孔に挿入した点と認定し(審決書7頁6~8行)、その違いは設計的事項であるとした(同8頁12~18行)が、誤りである。

本件発明と引用例発明1とは、単に「ケーシング」を貫通孔に挿入したとか「液圧モータ」を貫通孔に挿入したとかいう点で異なるというだけのものではなく、引用例発明1では、貫通孔の内側(引用例1の第3図の左側)に液圧モータを配置し、貫通孔の外側(同図の右側)にハウジングが配置されているのに対し、本件発明でな、液圧モータをケーシング内に挿入して、そのケーシングの外周に回転輪を取り付けた上で、それを貫通孔の外側(甲第2号証第2図右側)から貫通孔に挿入して配置している点で異なるものである。

このように、貫通孔の両側に液圧モータとハウジングが配置されている引用例発明1から、本件発明のように液圧モータをケーシング内に挿入して、そのケーシングの外周に回転輪を取り付けた上で、それを貫通孔の外側から貫通孔に挿入して配置するものに変更することは、設計的事項とはいえず、審決の上記判断は、誤りである。

4  取消事由4(作用効果の看過)

審決は、本件発明の効果は、各引用例記載の発明の奏する効果から、当業者が容易に予測できる程度のものと判断している(審決書8頁19行~20頁1行)が、誤りである。

本件発明は、引用例発明1と同様に駆動機構をクローラシュー幅内に収めるという作用効果をも奏するとともに、引用例発明1がクローラシューと走行フレームとの間が狭くなっているために、ここに泥土等が入り込み、排土性が悪いことに鑑み、クローラシューの半径を犬きくすることなく、クローラシューと走行フレームとの間を大きくすることにより、排土性をよくしようとしたものである。

これに対して、引用例発明1は、駆動機構をクローラシュー幅内に収めるという作用効果を奏するが、排土性の改良ということは何ら考えられていない。引用例1には、排土性の効果は記載も示唆もされていない。

また、上記排土性はクローラ式車輌の独自の問題であり、タイヤ式車輌においては問題とならないから、タイヤ式車輌の駆動装置に係る引用例発明2は、排土性の効果につき無関係である。

以上のとおり、排土性をよくするという作用効果は、引用例1及び2には開示されていないのであって、本件発明の効果が、引用例1及び2の奏する効果から、当業者が容易に予測できる効果ということはできない。

第4  被告の主張の要点

審決の認定判断は正当であって、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  引用例1に記載された液圧モータの種類が不明であるとの審決の認定に誤りはない。

引用例1(甲第3号証)には、モータについて「油圧モータ」とのみ記載され、これをラジアル型とアキシャル型とを区別した記載はない。原告がアキシャル型と認める図面第2図の液圧モータも、原告がラジアル型と主張する同第3図の液圧モータも、同じ4の符号が付され、その特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には、引用例発明1の「油圧モータ」をラジアルピストン型に限定する記載はない。

そして、液圧モータにはいろいろな種類があり、ラジアルピストン型もアキシャルピストン型液圧モータ(軸方向ピストン型油圧モータ)も、その一つとして周知の液圧モータであり(乙第3号証の2)、クローラ式車輌にアキシャルピストン型液圧モータを用いることも周知であった(乙第6号証の2)のであるから、引用例発明1において、アキシャルピストン型液圧モータを除外していると解する理由はない。

原告は、引用例発明1の効果を根拠とするが、引用例1の「油圧モータの出力軸を廃止し、油圧モータ、駆動輪及び遊星歯車機構の三者を同一軸線上に配置すると共に駆動輪の外側に遊星歯車機構を設けたので、減速装置の軸方向の長さ(巾)を著しく短縮し、履帯の巾内に納めることができる」(甲第3号証2頁右上欄14~18行)との記載によれば、引用例発明1の上記「軸方向の長さ(巾)を著しく短縮し、履帯の巾内に納めることができる」との効果は、ラジアル型の液圧モータを用いたことによる効果ではないことが明らかであり、液圧モータの形状に応じて各部品の形状を調整すれば、上記効果を達成できるものである。また、引用例発明1の出願過程において、当初の「油圧モータ」を「ラジアルボールピストン式油圧モータ」と補正した経緯があるとしても、それは原明細書の記載を減縮したとも解されるのであるから、それによって、補正前の引用例1に記載された「油圧モータ」の種類を限定して解すべきものではない。

(2)  仮に上記第3図に記載された液圧モータがラジアル型であるとしても、上記のとおり、アキシャルピストン型液圧モータ自体は周知のものであり、クローラ式車輌にアキシャルピストン型液圧モータを用いることも周知なのであるから、引用例発明1の液圧モータとして、周知のアキシャルピストン型液圧モータを用いてみようとすることは、当業者としては当然考えることである。

したがって、審決が引用例発明1における「液圧モータ」を「アキシャルピストン型液圧モータ」に置き換えることは単なる周知技術の置き換えであると判断したことに誤りはない。

2  取消事由2について

(1)  引用例発明1の「ハウジング18」は、本件発明の「ケーシング」に相当する。

すなわち、「ハウジング」とは「部品を収容する箱形の部分や、機構を包容するフレームなどすべて機械装置などを囲んでいる箱形の部分」(乙第1号証の3・「図解機械用語辞典」459頁)のことであり、「ケーシング」とは、「タービンやポンプ、ファン、減速機などで、機械の内部を密閉するために被覆、容器、囲いなどの役目をする部分」(同号証の2・前同167頁)のことであり、「ハウジング」と「ケーシング」とが同義に用いられている例もある(乙第2号証の2及び3・「JIS工業用語大辞典」493~494頁、同1422頁)。

したがって、両者は、機械用語として共通の意味を有し、同一の部材が「ハウジング」でも「ケーシング」でもありうる。引用例2において、油圧モータ112を収容している部材94を、「ハウジング」としている。

そして、引用例発明1の「ハウジング18」と本件発明の「ケーシング」とは、共に液圧モータを取り付け収容する部材である点において共通する。ただ、その収納の態様が、引用例発明1では、液圧モータを「ハウジング」の内方寄りにリングを介してボルトで取り付け出力部を挿入してあるのに対し、本件発明では液圧モータ本体を挿入してある点が異なるだけである。

(2)  本件発明はクローラ式車輌に関するものであり、引用例発明2はトラクタに関するものであって、ともに作業用車両の分野に属する。タイヤ式かクローラ式かは走行のための動力回転機構についての本質的な差異となるものでない。したがって、引用例発明2のトラクタは、本件発明のクローラ式車輌に極めて近く、技術分野を異にするとはいえない。

引用例発明2の出願人は農業機械で著名な会社であり、このことと引用例2(甲第4号証)第1図に示された車両から、引用例発明2は農業用トラクタに関する発明であることが明らかであるところ、農業機械の分野においても、トラックタイプのトラクタとしてクローラ式車輌が使用されることは周知の事実である。加えて、液圧モータ等の油圧機器が農業機械の分野においても使用されることも、周知の事実である。

引用例発明1における「液圧モータ」を「アキシャルピストン型液圧モータ」に置き換える場合、クローラシュー幅内に装置を収めるために、液圧モータをハウジングの中に深く収容すればよいわけであるが、モータ軸と動力伝達機構と動力輪とが同軸になるようにハウジング(ケーシング)に挿入して収容することは、引用例発明2に開示されているところであるし、引用例発明1においても、液圧モータの出力軸を廃止し、液圧モータ、駆動輪及び遊星歯車機構の三者を同一軸線上に配置するとともに駆動輪の外側に遊星歯車機構を設け、かつこれをクローラシュー幅内に収めるということが開示されている。

また、引用例2の図面第1図、第4図を見れば、第4図の駆動装置は第1図の符号20、22で示される半径の小さい前輪の中心部に設けられていて、前輪の巾内に納まっていることは図面上明らかであるから、引用例発明1にアキシャルピストン型液圧モータを用いるに当たって、引用例発明2の構成を採用すれば、駆動装置をクローラシュー幅内に収めることができることは、当業者にとって容易に想到できることである。

したがって、審決が、引用例発明1に、引用例発明2の「ハウジング・・・内に軸方向(アキシャルと同義語である。)ピストン型の液圧モータを挿入した」点を適用することは、当業者に格別困難なことではないと判断したことは正当である。

3  取消事由3について

本件発明では、本件図面(甲第2号証図面)第2図に示されるように、走行フレーム1の貫通孔にケーシング3を挿入している。これに対して、引用例発明1においては、引用例1(甲第3号証)の図面第3図に示されるとおり、液圧モータ4の外径は、トラックフレーム2に設けられた貫通孔の内径よりもやや小さく、液圧モータ4の外径と等しいリング状部分が貫通孔に嵌合している。したがって、液圧モータ4をハウジング18に取り付けた上で、「貫通孔の外方から内方に向かって挿入し」、ボルト17でハウジング18をトラックフレーム2に取り付ける構成が開示されている。

この引用例1の第3図に示す構造において、ハウジング18が液圧モータ4の外側を覆うようにして、そのうえでハウジング18を貫通孔に挿入してもよいことは、当業者であれば容易に考えられることである。

このことを妨げる記載は引用例1にはない。すなわち、引用例1には、「油圧モータの出力軸を廃止し、油圧モータ、駆動輪及び遊星歯車機構の三者を同一軸線上に配置すると共に駆動輪の外側に遊星歯車機構を設けた」とは記載されているが、貫通孔の設けられている耳金の内側に液圧モータが配置されていなければならないという限定はないし、また、そうでなければ引用例1の目的を達しえないということも記載されていない。同一軸線上に並んだ液圧モータ、駆動輪及び遊星歯車機構の三者からなる駆動機構のどの部分を貫通孔に固定支持するかということは設計的事項にすぎない。

また、ケーシングを貫通孔に挿入するようにするということは、本件発明の目的である細長いアキシャルピストン型液圧モータを採用しても走行装置がクローラシュー幅内に収まるようにするという効果とは直結しない。液圧モータに鍔部を設けて貫通孔に挿入し、貫通孔の外方に取り付けたケーシングに挿入するようにしても、全く同じ効果を得ることができるのである。

したがって、貫通孔が形成された耳金状部とケーシング(ハウジング)を連結するのに、ケーシングを貫通孔に挿入した状態で連結するか、それとも挿入せずに取り付けるかは設計的事項であるとの審決の判断に誤りはない。

4  取消事由4について

本件明細書(甲第2号証)によれば、本件発明の効果は、「走行フレームの全体の大きさを小にして走行フレームとクローラシユーとの間の空間を大きくでき、この空間を通る泥土等の排土性を良好にすることができる。このため、スプロケツト歯部のピツチ円を大きくする必要がなく、クローラ式車輌の推進力が低下することもない。」(同号証14欄40行~15欄2行)というものであるが、このうち、後段は前段の結果であり、前段の排土性を良好にするということが、本件発明の直接の効果である。ところで、原告の主張する排土性については、その意味が不明確であり、そのような明確な定義のない用語を用いた効果の記載からは、効果そのものが不明確であるといわなければならない。

本件発明において、液圧モータが取り付けられているのは、フレーム1の耳金状部1aであるから、上記の「走行フレームの全体」とは、耳金状部1aを含めた「走行フレーム」の全部ということになり、その周りをクローラシューが回転しているものである。そこで、「走行フレームとクローラシューとの間の空間」とは、液圧モータ側回転輪から他側の回転輪までの走行フレームとクローラシューとの間の空間ということになるが、液圧モータ側回転輪の部分を別にすると、本件発明を実施しても、上記空間の走行フレームの大きさを小にするという効果は得られない。本件発明の構成に関係があるのは液圧モータ側回転輪の部分のみであるから、耳金部分のフレームの大きさに関係することはあっても、「走行フレームの全体」の大きさには関係がない。したがって、本件発明には、上記効果はそもそも生じない。

確かに、アキシャルピストン型液圧モータは、同じ出力のラジアルピストン型液圧モータに比べ、一般に外径が小さくすむということからすれば、アキシャルピストン型液圧モータを使用した場合、これを取り付ける耳金部分を小さくすることができ、そのためクローラシューとこの部分のフレームとの間隔を大きくとることができるといえる。しかしながら、アキシャルピストン型液圧モータをクローラ式車輌に用いることは周知であったのであるから、この効果は予測される効果にすぎない。

さらに、これによってフレームとクローラシューとの間の排土性が良好となるにしても、それは液圧モータ側回転輪の部分だけのことであり、その他の部分の走行フレームとクローラシューとの間の排土性は何ら向上するわけではない。

仮に本件発明がクローラ式車輌の推進力の向上に役立つとしても、液圧モータ側回転輪部分のフレームとクローラシューとの間の土砂の付着は実際上問題となるほどのものではなく(乙第4号証)、推進力に影響を与えるようなものではないから、本件発明の上記効果は、極めて僅かなものにすぎない。

以上のとおりであるから、本件発明の効果は、各引用例記載の発明の奏する効果から、当業者が容易に予測しうる程度のものであるとした審決の判断に誤りはない。

第5  証拠関係

証拠関係は記録中の証拠目録の記載を引用する。乙第6号証の1、3~6を除く書証の成立(乙第5号証、第6号証の2、第7~第9号証については、原本の存在及び成立)については、当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点1の誤認及び判断の誤り-その1)について

(1)  引用例1(甲第3号証)によると、引用例発明1は、「クローラ式走行装置を有する油圧ショベル及びクレーンに使用される油圧モータ付減速装置に関するもの」(同号証1頁左下欄11~13行)であって、その第1図、第2図に示される従来の減速装置においては、「減速装置3を構成する油圧モータ4、歯車7a乃至7c、駆動輪5は車体の巾方向に順次に配列されているから、減速装置全体の巾は大となり、油圧モータ4が車体の中心側に大きくはみ出る。このため、油圧モータ4が障害物により破損される恐れがあり、車体の整備、点検などの保守性が悪くなり、車体へのアタツチメントの取付が困難となるばかりでなく減速装置のユニツト組立が不能で、かっ量産的でない欠点があつた。」(同1頁右下欄14行~2頁左上欄3行)ので、これらの欠点を除去するため、その特許請求の範囲に記載された「油圧モータの出力部と遊星歯車機構の太陽歯車軸とを互に係合させ、遊星歯車機構の内歯歯車を油圧モータのハウジングに固定し、そのハウジングに駆動輪を回転自在に支持し、油圧モータ、遊星歯車機構及び駆動輪の三者を同一軸線上に配置した」構成を採用することにより、「油圧モータの出力軸を廃止し、油圧モータ、駆動輪及び遊星歯車機構の三者を同一軸線上に配置すると共に駆動輪の外側に遊星歯車機構を設けたので、減速装置の軸方向の長さ(巾)を著しく短縮し、履帯の巾内に納めることができ」(同2頁右上欄14~18行)、「減速装置のユニツト組立が可能となるばかりでなく、最終組立において減速装置をボルトによりトラツクフレームに固定するだけでよい」(同2頁左下欄3~5行)との効果を奏するものであって、図面第3~第5図に、その実施例が図示されている。

すなわち、引用例発明1は、従来装置において、減速装置を構成する油圧モータ、歯車、駆動輪が車体の巾方向に順次配列されていた構成に換えて、油圧モータの出力軸を廃止し、油圧モータ、駆動輪、遊星歯車機構の三者を同一線上に配置するとともに、駆動輪の外側に遊星歯車機構を設けた構成を採用することにより、減速装置の軸方向の長さ(巾)を著しく短縮し、履帯(本件発明のクローラシューに相当する。)の幅内に納めることができる効果を奏するものであり、引用例1には、「油圧モータ」の種類について、何らの限定、言及はされていないから、この効果は、油圧モータの種類を問わずに実現できるものとされていることは明らかである。

そして、昭和42年2月発行の「油圧制御」(乙第3号証の1~3)には、油圧の動力を機械的な動力に変換するために油圧モータが用いられること(同号証の2、59頁本文1~2行)、油圧モータには多くの種類があり、プランジャモータとしてアキシャル型、ラジアル型があること(同60~62頁、図3.1~図3.5及びその説明)が記載されており、これによれば、これらの油圧モータが、引用例発明1の出願前、周知のものであったことが認められるから、引用例発明1の「油圧モータ」は、これらのものを含むものといわなければならない。

もっとも、引用例1の従来装置を図示した第1図、第2図には、履帯から車体の中心側にはみ出した細長い形の油圧モータ4が記載され、引用例発明1を図示した第3図には、履帯の幅内に収まった太くて短い形の油圧モータ4が記載されており、引用例発明1の構成を採用して減速装置の軸方向の長さ(巾)を短縮するためには、細長い形の油圧モータよりも、太くて短い形の油圧モータの方が、より効果的であることは明らかであるが、上記のとおり、引用例発明1において、太くて短い形の油圧モータを採用することは必須の構成ではないのであるから、第3図に示すものは、その一実施例にすぎないというべきである。

引用例1の特許出願が、出願公開後、実用新案登録出願への変更され、その際、「油圧モータ」が「ラジアルボールピストン式油圧モータ」と補正されたこと(甲第7号証)は、原明細書及び図面の要旨を変更しない補正であれば許されるところであり、この補正が認められたことが上記認定を左右するものでないことは明らかである。

以上の事実によれば、審決が、引用例発明1の「液圧モータの種類は不明であり」と認定したことに誤りはない。

(2)  クローラ式車両の液圧駆動装置にアキシャルピストン型液圧モータを用いることが、本件出願前、周知の技術であったことは、当事者間に争いがない。

そして、上記のとおり、クローラ式走行装置を有する油圧シヨベル及びクレーンに使用される油圧モータ付減速装置に係る引用例発明1において、その駆動源としての油圧モータの種類に限定はないのであるから、引用例発明1の油圧モータとして、アキシャルピストン型液圧モータを用いることは、当業者が容易に想到できることといわなければならない。

原告は、引用例1の従来装置を示す第1図、第2図に図示されている細長い型の液圧モータはアキシャルピストン型液圧モータであり、引用例発明1を示す第3図に図示されている太くて短い形の油圧モータはラジアルピストン型液圧モータであって、引用例発明1は、この太くて短い形の油圧モータを用いて、駆動機構をクローラシューの幅内に収めようとしたものであり、細長い形のアキシャルピストン型液圧モータを用いることは、引用例発明1の目的とする駆動機構をクローラシューの幅内に収めるという効果を喪失させてしまうものと主張する。

しかし、引用例発明1がその液圧モータとして太くて短い形のラジアルピストン型液圧モータを用いることを必須の構成としていないことは前記のとおりであり、引用例発明1を実施するに当たり、細長い形のアキシャルピストン型液圧モータを用いた場合にも、クローラシューの幅との関係で、駆動機構をクローラシユーの幅内に収めることができるように各部品の形状を調整すれば、所定の目的を達成できると認められ、また、仮に細長い形のアキシャルピストン型液圧モータを用いた場合には、駆動機構をクローラシューの幅内に収めることができないのであれば、これに換えて、周知の太くて短い形のラジアルピストン型液圧モータを用いれば足りることであり、この程度のことは、引用例1に接した当業者であれば容易に考えることと認められる。

原告の上記主張は理由がない。

したがって、審決が、「引用例1に記載されたものにおいて、『液圧モータ』を『アキシャルピストン型の液圧モータ』に置き換えることは、単なる周知技術の置き換えである」と判断したことは、結局において正当である。

2  取消事由2(相違点1の誤認及び判断の誤り-その2)について

(1)  引用例1(甲第3号証)において使用されている「ハウジング」と本件明細書(甲第2号証)において使用されている「ケーシング」とは、前者が「部品を収容する箱型の部分や、機構を包容するフレームなどすべて機械装置などを囲んでいる箱型の部分」(乙第1号証の3・「図解機械用語辞典」459頁)を意味し、後者が「タービンやポンプ、ファン、減速機などで、機械の内部を密閉するために被覆、容器、囲いなどの役目をする部分」(同号証の2・同167頁)を意味し、両者は、機械用語として共通の意味を有していることが明らかである。

そして、引用例1には、その特許請求の範囲においても発明の詳細な説明の項においても、「油圧モータのハウジング」(甲第3号証1頁左下欄6行)、「油圧モータ4のハウジング18」(同2頁左上欄12~13行)と記載されているから、引用例発明1におけるハウジングは、油圧モータを囲んで、これを保護収納する部品を意味すると解され、また、「障害物による油圧モータの損傷が防止される」(同2頁右上欄19~20行)との引用例発明1の効果をより良く発揮させるためには、油圧モータを保護するためハウジング内に収納するという周知の手段を採用することが望ましいことはいうまでもない。このように油圧モータをハウジング内に収納する態様を採用したとしても、引用例発明1の構成が実現できない理由は見当たらない。したがって、引用例発明1は、その油圧モータをハウジング内に全体として収納した態様を含むものであり、これを排除するものではないといわなければならない。

もっとも、引用例1の第3図には、油圧モータがハウジング18内に全体としては挿入されておらず、その出力部が挿入されている態様が図示されていることが認められ、審決が、引用例発明1においては、「液圧モータはケーシング内に挿入されていない」(審決書7頁4~5行)と認定したのは、この実施例に依拠したものと認められるが、上記説示に照らし、引用例発明1が、この態様に限定されるものとは認められず、本件発明のケーシングと引用例発明1のハウジングが、その機能、作用効果を異にするということはできない。

(2)  上記のとおり、引用例1には、油圧モータ、駆動輪及び遊星歯車機構の三者を同一軸線上に配置するとともに、駆動輪の外側に遊星歯車機構を設け、これらからなる駆動機構をクローラシューの幅内に収めた構成が開示され、油圧モータをハウジング内に収納することも開示されていると認められることに加えて、引用例2(甲第4号証)には、トラクタ用油圧前輪駆動装置に係る発明が記載され、その発明の詳細な説明の項の記載(同号証5欄33行~6欄38行)及び図面第4図を見れば、軸方向ピストン型油圧モータ(本件発明のアキシャルピストン型液圧モータに相当する。)がハウジング内に深く挿入され、その油圧モータと駆動輪及び減速機構である遊星歯車機構が同軸に取り付けられるとともに、駆動輪(ハブ105を持つ半径方向部材104)の外側に遊星歯車機構を設け、これらからなる駆動機構が車輪の幅内に収められた構成を開示されていることが認められる。

引用例発明2の油圧前輪駆動装置はトラクタ用のものであって、クローラ式車両に用いられる本件発明及び引用例発明1とは、同じ作業用車両の分野に属する発明であることは明らかであり、駆動機構として駆動輪に回転力を与える点においては同じであるから、その接地手段がタイヤであるかクローラシューであるかは、駆動機構に関し本質的な差異ではないと認められ、引用例発明1に引用例発明2を適用する妨げにはならないというべきである。

引用例2に、軸方向ピストン型液圧モータをハウジングに挿入する理由が何ら記載されていないことは、原告主張のとおりと認められるが、引用例発明2が適用されるトラクタが、一般に土木工事や農作業に使用されるものであって、本件発明や引用例発明1のクローラ型の作業車と同様に、その駆動機構が泥土の侵入や岩石などの障害物との衝突による損傷を避ける必要があることは、当裁判所に顕著な事実であるから、引用例発明2においても、これらの損傷を避けるための保護手段として、油圧モータを周知の保護手段であるハウジングに挿入し、油圧モータを含む駆動機構を車輪の幅内に収めているものと認められ、この点において、この構成を採用した理由は、本件発明や引用例発明1と変わるところはなく、このことは、当業者にとって明ちかに理解できることと認められる。

したがって、審決が、引用例発明1に、引用例発明2の「ハウジング・・・内に軸方向(アキシャルと同義語である。)ピストン型の液圧モータを挿入した」点を適用することは、当業者に格別困難なことではなく、本件発明の「ケーシング内に挿入されたアキシャルピストン型液圧モータを備えた」点は、当業者が容易に想到できたものと判断した(審決書8頁2~10行)ことに、誤りはないといわなければならない。

3  取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について上記のとおり、本件発明の「ケーシング内に挿入されたアキシャルピストン型液圧モータを備えた」点は、当業者が容易に想到できたものであり、引用例1及び2には、油圧モータ、駆動輪及び遊星歯車機構の三者を同一軸線上に配置するとともに、駆動輪の外側に遊星歯車機構を設け、これらからなる駆動機構をクローラシュー若しくは車輪の幅内に収めた構成が開示されている。

そして、審決が述べるとおり、「二部材を連結するのに、一方の部材に貫通孔を設け、他方の部材を該貫通孔に挿入した状態で両者を連結することは、例示するまでもなく周知の技術である」との点は、当裁判所にも顕著な事実であり、引用例1の図面第3図には、貫通孔が設けられている車体フレームの内側(同図左側)に油圧モータを配置し、その外側(同図右側)にハウジングが配置されている実施例が図示されているから、上記引用例1及び2の開示に従って、油圧モータを含む駆動機構をハウジングに収納し、これを貫通孔に挿入し、液圧駆動機構がクローラシューの幅内に位置するように走行フレームに取り付けて、本件発明の構成とすることは、当業者の容易に採用できる事項と認められる。

したがって、審決が相違点2につき、「貫通孔が形成された耳金状部とケーシングとを連結するのに、『ケーシングを貫通孔に挿入した』状態で両者を連結したことは、設計的事項である」(審決書8頁15~18行)としたことに、原告主張の誤りはない。

4  取消事由4(作用効果の看過)について

本件明細書(甲第2号証)には、本件発明の効果として、「走行フレームの全体の大きさを小にして走行フレームとクローラシューとの間の空間を大きくでき、この空間を通る泥土等の排土性を良好にすることができる。このため、スプロケット歯部のピッチ円を大きくする必要がなく、クローラ式車両の推進力が低下することもない。」(同号証14欄40行~15欄2行)と記載されている。

この記載によれば、泥土等の排土性を良好にし、スプロケット歯部のピッチ円を大きくする必要がなく、クローラ式車両の推進力が低下することもないとの効果は、走行フレームとクローラシューとの間の空間を大きくしたことの結果と認められる。

そして、上記記載と本件発明の図面を引用例1の図面と対比して見ると、走行フレームとクローラシューとの間の空間を大きくできるとの効果は、引用例1の図面第3図に示されている半径が大きい形の油圧モータに換えて、本件発明の図面第1図、第2図に示される細長い形のアキシャルピストン型液圧モータを用いることにより、走行フレームの耳金状部に設けられる貫通孔の直径をより小さくすることができ、その結果、この耳金状部の下部とクローラシューとの間の距離が大きぐなることに基づく効果といわなければならない。また、このようにすれば、走行フレームの全体の大きさを小にすることも明らかである。

そうすると、本件発明の効果は、引用例発明1に引用例発明2を適用して、アキシャルピストン型液圧モータを駆動源とした本件発明の構成を採用することによって、当然に予測される効果であり、それ以上の格別の効果とはいえないことが明らかである。

したがって、審決が、本件発明の効果は、各引用例発明の奏する効果から、当業者が容易に予測できる程度のものと判断した(審決書8頁19行~9頁1行)ことに、誤りはない。

5  以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

平成2年審判第16511号

審決

東京都港区北青山一丁目2番3号

請求人 新キャタピラー三菱 株式会社

東京都港区虎ノ門1丁目2番29号 虎ノ門産業ビル 坂間特許事務所

代理人弁理士 坂間暁

東京都中央区銀座3-5-12 サエグサ本館

代理人弁理士 吉原省三

東京都港区西新橋1丁目1番21号 日本酒造会館4階 小野特許事務所

代理人弁理士 小野尚純

大阪府大阪市西区江戸堀1丁目9番1号

被請求人 帝人製機 株式会社

東京都港区赤坂1-3-19 芳明ビル8階 野上特許法律事務所

代理人弁理士 野上邦五郎

上記当事者間の特許第1562213号発明「クローラ式車輌の走行装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

特許第1562213号発明の特許を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

理由

1.本件特許第1562213号発明(以下、本件発明という。)は、次のとおりの経過を経て特許の設定の登録がなされた。

(1) 昭和50年12月18日に最初の出願がされ、実願昭50-171224号となった。

(2) 昭和53年9月20日に、実願昭50-171224号の一部が、新たに出願され、実願昭53-129350号となった。

(3) 昭和60年5月9日に、実願昭53-129350号は、特許出願に変更されて、特願昭60-99384号となった。

(4) 昭和60年6月6日に、特願昭60-99384号の一部が、新たに出願され、特願昭60-121511号となった。

(5) 昭和60年7月3日に、特願昭60-121511号の一部が、本件発明として新たに出願され、特願昭60-147319号となった。

(6) 昭和63年11月10日に、本件発明は公告(特公昭63-57244号)された。

(7) 平成2年6月12日に、本件発明は特許の設定の登録がなされた。

そして、本件発明の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「外方から内方に貫通する貫通孔が形成された耳金状部を有する走行フレームと、ケーシング内に挿入されたアキシャルピストン型の液圧モータおよび減速機構を介して液圧モータにより駆動されクローラシューに係合する回転輪を有し、ケーシングを貫通孔に挿入してクローラシュー幅内に位置するよう走行フレームに取付けられた液圧駆動機構と、を備え、前記液圧モータのケーシングが耳金状部に連結された連結部および前記連結部から外方に向って延在する外方ケーシング部を有し、前記回転輪が外周に歯が形成されたスプロケット歯部と、スプロケット歯部から外方に向って延在する外方円筒部と、を有し、前記回転輪のスプロケット歯部がクローラシュー幅のほぼ中央に位置するよう回転輪が軸受を介して外方ケーシング部に回転自在に支持され、かつ回転輪の外方円筒部が前記減速機構の出力端に連結されたことを特徴とするクローラ式車輌の走行装置。」

2.これに対して、請求人の提出した甲第1号証「特開昭49-108470号公報」には、

「外方から内方に貫通する貫通孔が形成された耳金状部を有するトラックフレームと、油圧モータおよび減速機構を介して油圧モータにより駆動され履帯に係合する駆動輪を有し、油圧モータを貫通孔に挿入して履帯幅内に位置するようトラックフレームに取付けられた油圧駆動機構と、を備え、前記ハウジングが耳金状部に連結された連結部および前記連結部から外方に向って延在する外方ハウジング部を有し、前記駆動輪が外周に歯が形成されたスプロケット歯部と、スプロケット歯部から外方に向って延在する外方円筒部と、を有し、前記駆動輪のスプロケット歯部が履帯幅のほぼ中央に位置するよう駆動輪が軸受を介して外方ハウジング部に回転自在に支持され、かつ駆動輪の外方円筒部が前記減速機構の出力端に連結されたクローラ式車輌の走行装置。」

が記載されている。

同じく提出された甲第2号証「特公昭48-42136号公報」には、

「ハウジング内に挿入された軸方向ピストン型の油圧モータおよび減速機構を介して油圧モータにより駆動される車輪を有し、車輪幅内に大部分が位置する油圧駆動機構と、を備えた車輌の走行装置」

が、記載されている。

3.そこで、本件発明と甲第1号証に記載されたものとを対比してみると、本件発明の「走行フレーム」「ケーシング」「クローラシュー」「回転輪」は、それぞれ甲第1号証に記載されたものの「トラックフレーム」「ハウジング」「履帯」「駆動輪」に相当するものであり、かつ、「液圧」と「油圧」は実質的に同義語であるから(以下、「トラックフレーム」「ハウジング」「履帯」「駆動輪」「油圧」は、それぞれ「走行フレーム」「ケーシング」「クローラシュー」「回転輪」「液圧」と記載する。)、両者は、

「外方かち内方に貫通する貫通孔が形成された耳金状部を有する走行フレームと、液圧モータおよび減速機構を介して液圧モータにより駆動されクローラシューに係合する回転輪を有し、クローラシュー幅内に位置するよう走行フレームに取付けられた液圧駆動機構と、を備え、前記ケーシングが耳金状部に連結された連結部および前記連結部から外方に向って延在する外方ケーシング部を有し、前記回転輪が外周に歯が形成されたスプロケット歯部と、スプロケット歯部から外方に向って延在する外方円筒部と、を有し、前記回転輪のスプロケット歯部がクローラシュー幅のほぼ中央に位置するよう回転輪が軸受を介して外方ケーシング部に回転自在に支持され、かつ回転輪の外方円筒部が前記減速機構の出力端に連結されたクローラ式車輌の走行装置。」

である点で一致し、次の点で相違する。

(1) 本件発明では、「ケーシング内に挿入されたアキシャルピストン型の液圧モータを備えた」のに対して、甲第1号証に記載されたものでは、液圧モータの種類は不明であり、しかも、液圧モータはケーシング内に挿入されていない点。

(2) 本件発明では、「ケーシングを貫通孔に挿入した」のに対して、甲第1号証に記載されたものでは、液圧モータを貫通孔に挿入した点。

4.前記相違点について検討する。

(1) 相違点1に関して

クローラ式車輌の液圧駆動装置にアキシャルピストン型の液圧モータを用いることは、この出願の出願前周知の技術であるから、甲第1号証に記載されたものにおいて、「液圧モータ」を「アキシャルピストン型の液圧モータ」に置き換えることは、単なる周知技術の置き換えである。

このさい、甲第2号証に記載されたものも、甲第1号証に記載されたものと同じく、液圧駆動機構を備えた車輌の走行装置に関するものであるから、甲第1号証に記載されたものにおいて、甲第2号証に記載されたものの「ハウジング(甲第1号証に記載されたもののハウジング、本件発明のケーシングに相当する。)内に軸方向(アキシャルと同義語である。)ピストン型の液圧モータを挿入した」点を適用することは、当業者に格別困難なことではない。ゆえに、「ケーシング内に挿入されたアキシャルピストン型液圧モータを備えた」点は、甲第2号証に記載されたものから、当業者が容易に想到しうることである。

(2) 相違点2に関して

一般に、二部材を連結するのに、一方の部材に貫通孔を設け、他方の部材を該貫通孔に挿入した状態で両者を連結することは、例示するまでもなく周知の技術であるから、貫通孔が形成された耳金状部とケーシングとを連結するのに、「ケーシングを貫通孔に挿入した」状態で両者を連結したことは、設計的事項である。

そして、本件発明の効果は、両甲号証の奏する効果から、当業者が容易に予測しうる程度のものである。

以上のとおりであるので、本件発明は、両甲号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

5.したがって、本件発明の特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであり、特許法第123条第1項第1号の規定に該当し、これを無効とすべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年7月14日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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